浄土真宗

三具足と五具足はどう違う

お仏壇の仏具の基本といえば、前卓は五具足か三具足ですが
お仏壇の大きさによって上卓が省略されているものもあります

そして、例えば本願寺派では前卓も、平常は金香炉を
香炉台にのせて後方に、手前には土香炉を配置し
お線香は土香炉にあげることになっていますが
これも、前卓の大きさの関係で2つの香炉を縦に
並べることができず、普段は金香炉をしまって土香炉だけ
置く例もすくなくありません

五具足は
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香炉にローソクをたてる燭台と花瓶(かひん)が各一対( 二つずつ )で
香炉台や土香炉は数の内に入れません
金香炉・土香炉・香炉台の三つで" 一具足 "と考えてもらうべきでしょう

三具足は
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燭台と花瓶を五具足から一つずつ減らしたものです
そして、燭台を一対ふやすごとに七具足・九具足・・・と呼ぶことになっています

最近のお仏壇屋さんで" 七具足をサービス "なんていうのが
あるようですが、これはなんと土香炉と香炉台を付けて
" 七具足サービス "にしているようですが、これは基本的に
五具足にしかすぎません
無知に付け込んだかたちの言葉のからくりだけの
サービスということになるでしょう・・・

専門店以外でもお仏壇を扱うことが多くなり、このような
混乱を招いているというのが真相のようです

五具足の揃っているお仏壇でも、普段は三具足
報恩講や年回法要など特別のときだけ五具足にする習わしです
ですが、五具足がなければ三具足の法要でも構いません

要は、日々仏さまにお給仕するまごころが大切です
お花を枯らしたり、土香炉の周りに灰が散ったりしてないかなど
いつも" こころ "を配ってください

仏教の言葉

今回はオチャラケで行きます
仏教の言葉にはどうしてあんなにヘンな言葉があるのか

日本に最初に漢字が入ってときは" 呉音 "といって
揚子江沿岸地方の読み方が伝わってきたんです
お経も全部この読み方を一緒に伝えられたそうな

その次の" 漢音 "といって中国北部、昔の" 長安 "付近で
用いられていた読み方が入ってきたとさ

奈良時代以降の日本の朝廷は漢音を" 正音( せいおん ) "と
統一しようしたんですけどうまくいかず・・・
今でも両方が使われているそうです

特に仏教はもともと呉音が伝えれられていたし
お寺のお坊さんは頑固者が多いかから( 怒られるかも )
仏教の言葉には我々に馴染みのない
呉音がたくさん残っているわけです

" 呉音 "とか" 漢音 "って

たとえば「 正 」は漢音では" セイ "、呉音では" ショウ "
「 解 」は漢音では" カイ "、呉音では" ゲ "と読みます
だから「 正解 」を" セイカイ "と読むのは漢音
" ショウゲ "と読むのは呉音読みになります

また、「 自 」は漢音では" シ "、呉音では" ジ "
「 然 」は漢音では" ゼン "、呉音では" ネン "と読みます
なんで" シゼン "は漢音読みで" ジネン "は呉音読みとなります

じゃぁ、仏教は呉音で一般的は漢音か

そんなことは単純に行きません( 日本語の難しいところ )
仏教はほぼ呉音で読みますが、ふだん使っている
言葉にも呉音は結構使われています

たとえば「 正直 」
漢音では" セイチョク "、" ショウジキ "は呉音です
また、解毒・解熱剤などの「 解 」は呉音の" ゲ "で読んで
" ゲドク・ゲネツザイ "といいます

鎌倉時代になると" 唐音 "が伝えられて、これは主に
禅宗に残っています
一般的な言葉では「 行灯 」" アンドン "、「 普請 」" フシン "
というのが唐音なんです

この辺で浄土真宗の「 帰命無量 」" キミョームリョー "
「 帰命 」も普通に読めば" キメイ "です
" ミョウ "が呉音で、" メイ "が漢音かと

ところが、トッコローガー( 英語風 )、福島だとなんになる
ん~" んだげんど "が近いような・・・
って、オイ!!ハズレテル・・・

おぉ、そうだった" 帰命 "の「 命 」だった
これって体張ったお笑い芸人いましたよね
確か" ゴルゴ13 "???みたいな
" トータス松本 "みたいな芸人・・・
思い出せない

オイ!またハズレテル
スミマセン
でも" ゴルゴ13 "実写化されてたの知ってます?
舘 ひろし主演で・・・
コラコラ!!

じつは「 命 」の読み方は確かに呉音なんですですが
" メイ "は漢音でも呉音でも、ましてや唐音でもなく
日本で勝手にできちゃった" 慣用音 "というものです

慣用音は結構たくさんあります
「 名 」の" メイ "も慣用音で漢音は" ベイ "呉音は" ミョウ "です
「 命 」も漢音も" ベイ "なんで、どうもいいにくいので
" メイ "に変わってしまったみたい

ってことは「 命名 」を" メイメイ "と読むのは両方慣用音で
日本だけの読み方、そういうことになります
漢音ですと" ベイベイ "になりますし呉音ですと" ミョウミョウ "と
いうことになりますからね

こういう風にしてみると" 漢字 "も面白いですよ・・・ネ


なぜ、お仏壇に須弥壇が

" 須弥壇( しゅみだん ) "とは、お仏壇の中央にある
いわゆる" 壇 "です
一言でいえば仏さまを安置する" 壇 "ということです
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左が" 須弥壇 "で、右が須弥壇の上に仏さまのお宮殿があります

この形を模して、ほとんどのお仏壇にはこの須弥壇があります
なければ" お仏壇 "ではないということになりますかね

この須弥壇は、ただ何となくあるものではありません
須弥山( しゅみせん )を形どったものなのです
" 須弥山 "漢訳すると" 妙高山 "です

仏教の宇宙観では、この須弥山が世界の中心に高く
そびえていると説かれます
高さは八万由旬( ゆじゅん )
古代インドでは、村落から森に至る中間地点までの距離を
" 一倶廬舎( くるしゃ 約8㎞ ) "といい" 八倶廬舎 "が" 一由旬 "ですから
一由旬は64㎞ということになります
するとこの計算では、須弥山の頂上の高さは
64㎞×8万=512万㎞ということになります
ジャンボジェット機で行けば230日あまりをようする
とてつもない距離です

つまり、形はどうあれいくら小さなお仏壇でも須弥壇は
それほど高い須弥山を象徴するとともに、そのことで
仏さまのお徳をたたえようとするものなのです

" 由旬 "という単位に触れましたが時間の単位でいえば
" 劫( こう ) ”があります
「 無量寿経 」には、私たち凡夫を極楽浄土に救うため
仏は四十八の" 願 "をたてられておられますが
それまでに" 五劫 "のあいだ思いつめられた
" 五劫思惟( ごこうしゆい ) "とあります

" 劫 "とは" 永遠 " " 無限 "に近い時間です
それがどれくらいの時間か、おもしろ話

40里(160㎞)四方もある巨大な岩を100年に1度
降りてきてその柔らかい衣でひとなですることで
すり減ってなくなってしまう
そういう時間のこと
また、上下四方一由旬(64㎞立方)もある城を芥子粒で満たし
100年に一度ずつ一粒を取り去ってすべての芥子粒が
なくなってしまう時間・・・

" 考えただけでも気の遠くなる "というよりも" およびも
つかない時間 "、それが" 一劫 "なのです

落語で「 ジュゲム、ジュゲム、ゴコウノスリキレ 」というのは
上記の" 天女 "のたとえと、阿弥陀如来の" 五劫思惟 "の
話を使ったものです

須弥壇は、仏さまの大いなる世界と
そのお徳の高さを象徴したものです

お仏壇のお飾りと仏具は

ご本尊をお迎えするとともに、お仏壇のお飾りや仏具を
整えなければなりません
そのときに、まずはっきりしておかなければならないのは
浄土真宗でも、どの" 派 "に属するかということです

浄土真宗各派でそんなに差はありませんが
それらのつくりに微妙に差が見られるからです
お仏壇屋さんに行って、たとえば" 本願寺派( 西本願寺 ) "と
" 大谷派( 東本願寺 ) "のお飾りされたお仏壇を見比べると
さまざまなつくりの違いがあることがお気付きになれます

参考までの写真です
イメージ (3)





これだけは揃えていただきたいもの
⓵ ご本尊とお脇掛
⓶ 仏飯器
⓷ 前卓(まえじょく)と三具足
⓸ " りん "と" りんだい "、バチ
⓹ 経机
⓺ 聖典
⓻ 御文・御文章
ということになるでしょうか










どちらにしても、お仏壇の構造や大きさ、宗派の違いによって
変わってくるということを知っておくと後に役に立ちます

ちなみに、写真の上卓は本願寺派は図のように四具足
大谷派は燭台はなく、火舎香炉と花瓶一対です

浄土真宗の正しいご本尊

一家の中心としてお仏壇を求めるというのは尊いものです


ですが、ご本尊を好みや鑑賞の眼で気に入ってたものを
買うというのは、信仰の世界から大きく踏み外しています


ご本尊を拝するというのは、如来さまの誓願に疑いなく
帰依する行為です

浄土真宗では、ご本尊は阿弥陀如来の尊像
または六次名号「 南無阿彌陀佛 」
向かって右に宗祖聖人の御影、または十字名号
「 帰命尽十方無碍光如来( きみょうじんじっぽうむげこう ) 」
左側に蓮如上人の御影か九字名号
「 南無不可思議光如来( なむふかしぎこう )」を安置する

と取り決められていて、何より大事なことは宗派で制定された
正しいご本尊とお脇掛の下付を、受け取るということです

浄土真宗のお仏壇のご本尊は、阿弥陀如来です
そのほかの仏さまは、いっさい安置しません
" 弥陀一仏( みだいちぶつ ) "といわれるゆえんです

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