浄土真宗

仏前にお水は供える?

浄土真宗では、特に" 水 "を供えるという作法は
ありません

お供えとは、こちらから仏さまに物品をさしむける
( 回向 )行為ではないということです

お経に説かれている仏さまの世界( お浄土 )の
特徴のひとつに" 八功徳水( はちくどくすい ) "を
あげることができます
この上もなく清浄で、美しい八つの徳をもつ水に
恵まれた国土なのです

だから、今さらこちらからチリやカルキの入った
水を送ることはありません

宗旨の違う家庭では、亡き人もノドがかわくだろうというので
記録のある先祖の数だけ水やお茶が入った湯呑を
並べていますが、なんだか鳥カゴみたいな感じがして
お仏壇としては、不似合いな眺めがします

だいいち、お仏壇は死者の" 容れ物 "ではないはずです

なお、上卓の仏具は、大谷派では本願寺派のように
ローソク立てを置きません
上卓というのは、どちらにしても大型の仏壇のみで
小型のものは上卓に華瓶や香炉、ローソク立てなどの
具足を置けるスペースはありません

浄土真宗では、お仏壇にお水を供えないのが
昔からのしきたりです

位牌と仏教の関係

" 位牌を汚す "という言葉
" 祖先の名誉を傷つける "ことだと解説されています

いま、こういう古風な表現が一般に用いらているかどうか
それはわかりませんが" 位牌 "というものの成り立ちを
物語るようでおもしろい

" 位牌 "
字義どおり" 位 "の" 牌 "で個人の生存中の官位と姓名を
書き付けた木札であったといわれます
儒教に発した位牌の風儀が、先祖の生前の世俗的な名誉や
誇りと表裏して君臨している限り、拝礼している子孫としては
" 世俗的名誉 "というものに対して、常に緊張感を持ち続けなければならず
それを踏み外すと" 位牌を汚す "と非難されたのでしょう

古来、位牌は死者の霊がとどまる場所と考えられてきました
また、その霊魂は世俗の権威とか社会的地位を抱えたままという
つまり肩書つきの故人なのです
いうまでもなく仏陀のさとりを仰ぐ仏教において、世俗の肩書きなど
一切無用です
真宗だけでなく仏教そのものに位牌がなじまないという
素朴な理由がこれでお分かりいただけるかと・・・

無論、だからといって祖先や亡き肉親への思いを軽視しても
いいというのではありません
命日や年回法要などの仏事には" 法名 "を通じて故人を
偲びつつ、報謝に念を深めるのは、何よりのご縁です

したがって、浄土真宗では位牌はもちいません
しかし、上記の趣旨から故人の法名や死亡年月日を記した
" 過去帳 "あるいは法名を表装した" 法名軸 "などを仏壇に
配置することは、やぶさかではありません

但しこの場合、ご本尊が隠れないように、法名軸はお仏壇の
側面に掛けるようにし、主に年回にあたる日や祥月命日
( 亡くなられたその月のその日 )に掛け、普段はお仏壇の
引き出しにしまっておきます

また、法名に対しては香華やお仏飯などをご本尊とは
別にお供えしないことが多いようです

浄土真宗では、ご先祖や亡き人を偲ぶ場合
過去帳や法名軸をお仏壇に安置します

なぜ位牌を安置する

浄土真宗では位牌をもちいません

なぜか?

結論から言いますと、本来は仏教のしきたりではないからです
真宗関係の古書を縦横に引用して詳しく論証されていますが
" 経文のどこにも、位牌に関して説かれていない "とのこと

すると真宗だけでなく、いずれの宗派でも厳密に考えれば
位牌を安置するのは正しい習慣とはいえないはずで
とりわけお仏壇でご本尊のかわりをつとめたり、あるいは
ご本尊を圧倒するかのように位牌が所狭しと並んでいるのは
仏教としてなじまないということになります

亡き人やご先祖をしのんで、仏前で手を合わせる行為は
尊いですが、やはり" 位牌 "というものの存在を
きちんとおさえておきましょう

では、" 位牌 "とは何か?
古代中国の儒教の風習で、それが仏教と混同されて
伝えられたものらしく、我が国日本で一般化したのは
鎌倉時代以降、特に江戸時代ではないかと推定されています

" 儒教 "とは、いうまでもなく孔子を祖とし" 仁 "を中心として
人道の実践を強調する教えです
そのなかに" 孝経( こうきょう ) "があり、また論語にも
" 孝 "が説かれているところから、亡き親や先祖に
丁重に孝養を尽くすためにこの作法が定着したようです

つまり、死者の霊がこの1枚の板にとどまっていると考え
それに対してうやうやしく拝礼していくための対象です

古書には「 仏説にはなき事なり 」と論断されているようです

真宗では位牌は用いないとはいっても現実に、お葬式などの
ときには白木の位牌に法名が記され、荘厳壇( 祭壇 )の前に
安置されることが多いようです

ですが、これは世間一般のならわしに合わせているだけで
( 葬儀に位牌を用いないところもあります )
お葬式、あるいは四十九日( 中陰 )がすめば、この白木の
位牌は、お寺さんに持ち帰っていただいて処分してもらいます

位牌は真宗では原則としてもちいません
位牌は儒教のならわしで、もともとは仏教のしきたりではないからです


三具足と五具足はどう違う

お仏壇の仏具の基本といえば、前卓は五具足か三具足ですが
お仏壇の大きさによって上卓が省略されているものもあります

そして、例えば本願寺派では前卓も、平常は金香炉を
香炉台にのせて後方に、手前には土香炉を配置し
お線香は土香炉にあげることになっていますが
これも、前卓の大きさの関係で2つの香炉を縦に
並べることができず、普段は金香炉をしまって土香炉だけ
置く例もすくなくありません

五具足は
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香炉にローソクをたてる燭台と花瓶(かひん)が各一対( 二つずつ )で
香炉台や土香炉は数の内に入れません
金香炉・土香炉・香炉台の三つで" 一具足 "と考えてもらうべきでしょう

三具足は
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燭台と花瓶を五具足から一つずつ減らしたものです
そして、燭台を一対ふやすごとに七具足・九具足・・・と呼ぶことになっています

最近のお仏壇屋さんで" 七具足をサービス "なんていうのが
あるようですが、これはなんと土香炉と香炉台を付けて
" 七具足サービス "にしているようですが、これは基本的に
五具足にしかすぎません
無知に付け込んだかたちの言葉のからくりだけの
サービスということになるでしょう・・・

専門店以外でもお仏壇を扱うことが多くなり、このような
混乱を招いているというのが真相のようです

五具足の揃っているお仏壇でも、普段は三具足
報恩講や年回法要など特別のときだけ五具足にする習わしです
ですが、五具足がなければ三具足の法要でも構いません

要は、日々仏さまにお給仕するまごころが大切です
お花を枯らしたり、土香炉の周りに灰が散ったりしてないかなど
いつも" こころ "を配ってください

仏教の言葉

今回はオチャラケで行きます
仏教の言葉にはどうしてあんなにヘンな言葉があるのか

日本に最初に漢字が入ってときは" 呉音 "といって
揚子江沿岸地方の読み方が伝わってきたんです
お経も全部この読み方を一緒に伝えられたそうな

その次の" 漢音 "といって中国北部、昔の" 長安 "付近で
用いられていた読み方が入ってきたとさ

奈良時代以降の日本の朝廷は漢音を" 正音( せいおん ) "と
統一しようしたんですけどうまくいかず・・・
今でも両方が使われているそうです

特に仏教はもともと呉音が伝えれられていたし
お寺のお坊さんは頑固者が多いかから( 怒られるかも )
仏教の言葉には我々に馴染みのない
呉音がたくさん残っているわけです

" 呉音 "とか" 漢音 "って

たとえば「 正 」は漢音では" セイ "、呉音では" ショウ "
「 解 」は漢音では" カイ "、呉音では" ゲ "と読みます
だから「 正解 」を" セイカイ "と読むのは漢音
" ショウゲ "と読むのは呉音読みになります

また、「 自 」は漢音では" シ "、呉音では" ジ "
「 然 」は漢音では" ゼン "、呉音では" ネン "と読みます
なんで" シゼン "は漢音読みで" ジネン "は呉音読みとなります

じゃぁ、仏教は呉音で一般的は漢音か

そんなことは単純に行きません( 日本語の難しいところ )
仏教はほぼ呉音で読みますが、ふだん使っている
言葉にも呉音は結構使われています

たとえば「 正直 」
漢音では" セイチョク "、" ショウジキ "は呉音です
また、解毒・解熱剤などの「 解 」は呉音の" ゲ "で読んで
" ゲドク・ゲネツザイ "といいます

鎌倉時代になると" 唐音 "が伝えられて、これは主に
禅宗に残っています
一般的な言葉では「 行灯 」" アンドン "、「 普請 」" フシン "
というのが唐音なんです

この辺で浄土真宗の「 帰命無量 」" キミョームリョー "
「 帰命 」も普通に読めば" キメイ "です
" ミョウ "が呉音で、" メイ "が漢音かと

ところが、トッコローガー( 英語風 )、福島だとなんになる
ん~" んだげんど "が近いような・・・
って、オイ!!ハズレテル・・・

おぉ、そうだった" 帰命 "の「 命 」だった
これって体張ったお笑い芸人いましたよね
確か" ゴルゴ13 "???みたいな
" トータス松本 "みたいな芸人・・・
思い出せない

オイ!またハズレテル
スミマセン
でも" ゴルゴ13 "実写化されてたの知ってます?
舘 ひろし主演で・・・
コラコラ!!

じつは「 命 」の読み方は確かに呉音なんですですが
" メイ "は漢音でも呉音でも、ましてや唐音でもなく
日本で勝手にできちゃった" 慣用音 "というものです

慣用音は結構たくさんあります
「 名 」の" メイ "も慣用音で漢音は" ベイ "呉音は" ミョウ "です
「 命 」も漢音も" ベイ "なんで、どうもいいにくいので
" メイ "に変わってしまったみたい

ってことは「 命名 」を" メイメイ "と読むのは両方慣用音で
日本だけの読み方、そういうことになります
漢音ですと" ベイベイ "になりますし呉音ですと" ミョウミョウ "と
いうことになりますからね

こういう風にしてみると" 漢字 "も面白いですよ・・・ネ


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