2017年04月

古いお仏壇は" 粗大ゴミ "か

住居を新築したおり、お仏壇も大型のものを安置する
設計にし、新しいお仏壇をお迎えしたとき古いお仏壇は
" 下取り "というとなじめないものです

お仏壇を" 物 "として見れば工芸品です
しかし、家具や調度、装飾品として決して同列視していない
きっぱりとした姿勢がうかがえます

とすると、物ならば再使用に耐えられるものは
下取りしてもらえますが、そうでないと粗大ゴミになります
やはり代々にわたってお給仕してきた" こころ "を
大切にしたいものです

ですから、新しくお仏壇を求めるとき、これまで
お給仕していたのをどうするかを、お寺に
相談するとよいでしょう
「 求めたいけど余裕がないので 」という
人があるかもしれませんから

蓮如上人は門弟の法敬坊順誓( ほうきょうぼうじゅんせい )に
" 法敬と我とは兄弟よ "と「 御一代記聞所 」に言われています
血のつながりはなくても、如来の大悲に照らされた
者同士は、肉親も同様だというのが、念仏者の
世界の美しさなのです

お念仏をよろこぶ人から人へ
お仏壇のお給仕、続けられていく姿は
やっぱり心温まる情景です

お仏壇は仏さまのお館です
新しくお仏壇を求めるときは、まず、ご住職に
相談するといいでしょう

❄ 仏法の兄弟 ❄
法敬坊順誓は、金沢に照円寺を開いた蓮如上人の門弟です
上人はこの順誓に" 信をえつれば、さきに生るる者は兄
後に生るる者は弟よ "といわれています
この場合の" 生るる "はこの世だけでなく、あの世
つまり浄土へ生まれるという意味です
仏法の" 兄弟 "とは、そういうことです

ご先祖になぜお膳を出さない

絵に描いたような現代家族のお話

長男夫婦はスープの冷めない距離のところで
マンション住まいをしている
だから、お姑さんとお嫁さんは常に行き来をして
お友達みたいに付き合っているといいます

お姑さんがそのお嫁さんについて最も気に入っているのは
うわべは上手ごかしを言えないが、素直で心優しい人柄だそうです
その心優しさが、仏事をめぐって家庭にちょっとした
波紋を巻き起こしたから困りましたとさ

台所まわりを担当していたお嫁さんがふともらした
素朴な疑問が発端になったのです
「 生きている身内の者ばかり飲み食いして、肝心の
おじいちゃん( 故人 )には何も差し上げないのですか? 」
お嫁さんの実家は真宗ではないので、仏事のときには
小さなお膳に精進料理を特別に調理してお供えしていたといいます

お姑さんは早速、それをご主人に告げると
「 うちではそんなことをしない 」という返事に
「 何故しないのか 」とお嫁さんが口をはさんだのが
悪かったようです
「 実家のやり方で指図するのか 」とご主人は
つむじをまげて気まずいことになりました

このような話をすると" 真宗の門徒は亡き人に対して冷たい "
というように受け取れないでもありません
しかし、それは思いすごしです

お浄土に生まれさせていただいたものは、いつも
百味の飲食( おんじき )にとりかこまれていると
お経( 大無量寿経 )にあります
そのうえ、誰も食べる者がなくて、その美しさを見
香りをかいだだけで満足するとあります

娑婆では食欲がないと心配ですが、お浄土では
それがこの上もなく清浄極まりない世界なのです
だから、今さら特別に調理して差し上げる必要もなく
真宗では" 霊供膳 "というしきたりもありません

ともあれ、この若いお嫁さんの場合、その心の優しさと
素朴な疑問から、お念仏を喜ぶ身になっていただければなにより

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