2016年09月

「御伝鈔」「御文・御文章」とは

浄土真宗では、宗祖・親鸞聖人以後、さまざまな方々によって
そのお念仏の教えや、おあじわいについての著述が行われています
その代表的なものが" 御伝鈔 " " 御文・御文章 "といえるでしょう

" 御伝鈔 "といいますと、報恩講を思い浮かべる方も少なくないでしょう
もともとは「 善信聖人親鸞伝絵 」と題されていました
著書は親鸞聖人の曽孫にあたる覚如上人( かくにょじょうにん )
( 本願寺第三世宗主1270~1351 )です

覚如上人は親鸞聖人のお徳をしのぶため、親鸞聖人の生涯を
" 絵 "と" 詞 "であらわされたのです
それは、一つの巻き物としていっしょになっていました が
のち" 絵 "の部分は" 御絵伝 "、" 詞 "の部分は" 御伝鈔 "として
独立した形をとります

そして、報恩講では" 絵 "の部分の" 御絵伝 "がお寺の内陣の
左右の余間にかけられ、" 詞 "の" 御伝鈔 "が拝読されるように
なったのです

次に" 御文( 大谷派の呼称 ) " 御文章( 本願寺派の呼称 ) "です
もちろん、どちらも同じものです
これは、蓮如上人( 本願寺第八世宗主1415~1499 )によって
浄土真宗の他力念仏の教えの肝心なところが、わかりやすい
文章にしてあらわされたものです

蓮如上人は、これを手紙( 書簡  )という形で多くの門徒に
書きあたえました
受け取った人々は、それをみんなでまわし読んだり
門徒のリーダー格にあたる人が読みあげたりすることで
浄土真宗に対する正しい信仰がどんどんひろまっていきました
今から、およそ500年余り前のことです

今日まで伝えられてきたのは、約200通あまりで
そのうちの80通ほどは" 五帖( ごじょう ) "にまとめられています
お寺の法要のときや、年回法要などで、おつとめのあと
ご住職が参詣者のほうに向き直って、うやうやしく
おしいただいて読み上げるならわしは、蓮如上人在世当時を
偲んでのしきたりだといってもいいでしょう

なお、蓮如上人においては上人の十男にあたる
実悟上人( じつごじょうにん )の著作をまとめた
「 蓮如上人御一代記聞書 」もよく知られています

" 御伝鈔 "は親鸞聖人の生涯について
" 御文・御文章 "は蓮如上人の伝道の書簡集です

親鸞聖人の主な著述

親鸞聖人の著述といえば、何といっても「 ご本典 」「 ご本書 」と
尊ばれている" 教行信証 "です
正式名は" 顕浄土真実教行証文類 "という6巻からなる書物です

これは、真宗の教えの根本があきらかにされたもの
つまり
親鸞聖人によってこの書物が撰述( 編纂と著述 )されることによって
真宗という宗団が成り立ったという" 立教開宗 "の書です

真宗の門徒がもっとも親しくおつとめする「 正信偈 」は
この" 教行信証 "のうちの「 行巻 」のところにおさめられているもので
七つの言葉を一句とする" 七言・百二十句 "の漢詩です
これは" 教行信証 "のもっとも 要 となる内容を短くまとめたものです

" 教行信証 "の漢文を、いきなり理解することは
そうたやすいことではありません
そこで私たちは" 教行信証 "の" エキス "ともいうべき「 正信偈 」を
いつも身近におつとめし、お寺の法要のときの法話や聞法回などで
ことあるごとに、そのいわれを聞かせていただきます

次に、親鸞聖人の著述といえば" 和讃 "です
先の" 教行信証 "や" 正信偈 "は漢文、漢詩です
いわば外国( 中国 )の言葉です
そこで親鸞聖人は、漢文を読めない当時の多くの人々のために
日本語( 和語 )でわかりやすい" 歌 "にして
あらわしてくださいました
これが" 和讃 "です

その主なものは阿弥陀如来のお徳を讃えた「 浄土和讃 」
お念仏を伝えてくださった七人の高僧を讃えた「 高僧和讃 」
阿弥陀如来のお救いのたのもしさを讃えた「 正像末和讃 」
以上の三つで、これらを総称して「 三条和讃 」と呼んでいます

そして有名な" 歎異抄 "です
これは、親鸞聖人が書かれたものではなく、門弟の一人である
河和田( かわだ )の唯円( ゆいえん )が親鸞聖人のお言葉を
まとめた「 聞き書き 」です

前半は、親鸞聖人のお言葉によって真宗の深い教えが説かれ
後半部分は、その真実の教えが間違って世に伝えられて
いることを嘆いた唯円の批判の言葉 という形で構成されています

真宗門徒のみならず、世界の名書として広く知られているものです

真宗の「お聖教」とは

お釈迦さまはお一人なのに、その教えが後にたくさんの
宗派にひろがり、仏教徒同士が正統な争いをしているのは
なぜでしょう?

お釈迦さまは、相手の心の状態に応じて法を説かれました
これを" 対機説法( たいきせっぽう )"といいます
ですからお釈迦さまの" おさとり "は一つでも
それぞれ伝えられた言葉( 経 )が多岐にわたるのも当然です

問題は、そのお言葉の中から、もっとも自分の状態( 機 )に
あった言葉をいただき、どう伝えてきたか
ということです

宗祖が多くの" 経 "のなかから" 浄土三部経 "を正しい仏法の
依りどころとし、なかでも" 大無量寿経 "を真実の教えとして
仰がれたのは、そのお言葉を中心に仏法の真髄をつたえて
こられた" 七高僧 "のおすすめによるものでした

真宗の" お聖教( おしょうぎょう ) "は浄土三部経をはじめ
七高僧や宗祖のご著作、宗祖後、真宗をひろめた方々の
法語まで含みます

すべて、お釈迦さまのお言葉を大切に語り伝えてきた
" おあじわい "の世界です

日常用の" おつとめの本 "には、これらの広範囲な" お聖教 "の
中から、普段おつとめに用いられる" 聖句 "を集めたものです

真宗のお経「浄土三部経」

" 浄土三部経 "という名称は、もとはといえば親鸞聖人の師である
法然上人の「 選択集( せんじゃくしゅう ) 」に始まります


「 選択集 」の二門章に
" 往生浄土を明すの教というのは、三経一論( さんぎょういちろん )これなり
三経というのは、一に「 無料寿経 」、二には「 観無量寿経 」
三には「 阿弥陀経 」なり
一論というのは" 天親( てんじん ) "の「 往生論( 浄土論 ) 」これなり
あるいはこの三経を指して浄土の三部経とするなり "

と明記されています
さらに、" 三部経 "ということについては

" 三部経の名、その例ひとつにあらず "

と、ほかに法華( ほっけ )の三部経、大日の三部経、鎮護国家の三部経
弥勒( みろく )の三部経があると示されます
しかしながら、法然上人は

" 今はただこれ弥陀の三部なり
ゆえに浄土の三部経と名づくなり "

と述べられておられます
そのうえで

" 弥陀の三部というのは、これ浄土の「 正依経( しょうえきょう ) 」なり "

と言われています
" 正 "とは正報( しょうほう )といわれて、" 阿弥陀仏 "そのものをさし
" 依 "とは依報( えほう )といわれて" 環境 "すなわち浄土のありさまをいいます
" 三部経 "といっている「 仏説無量寿経 」 「 仏説観無量寿経 」
「 仏説阿弥陀経 」は、いずれも浄土の主である" 阿弥陀仏 "と
浄土の" 相( すがた ) "が表現され、さらに私たちが浄土へ往生する
方法が説かれているので" 浄土三部経 "といわれています

「 仏説無量寿経 」には阿弥陀仏の本願が表され" 一切衆生 "つまり
生けるものすべて平等に浄土へ往生する道理が説かれています

「 仏説観無量寿経 」には一切衆生が浄土往生する道理によって
一人の女性が現に救われていく実例が説かれています

「 仏説阿弥陀経 」には、一切衆生が念仏によって間違いなく
浄土往生することを諸仏方が" 証明・讃嘆( さんだん ) "され
私たちに浄土往生をうながしておられる事実が説かれています

「お経」とは何か

年回法用であれ月忌法用( 月まいり )であれ、仏事になると
ご住職のおつとめの声が戸外まで聞こえるときがあります

ご門徒の方の感想によると、なかには" 獅子吼( ししく ) "という
言葉を思い合わせるという方がいるそうです

獅子吼 - 獅子の吠える声です
ライオンがひとたび吠えると、ほかの動物たちが
おそれ従うことに例えて、仏教で" 獅子吼 "といえば
お釈迦さまの説法をさします

「 お経 」はお釈迦さまの説法です
お釈迦さまの解かれた言葉を文字に記録して伝えてきたもので
私たちが拝読しているお経は" 漢訳 "といって、古い時代から
中国で漢文に翻訳されたものです

" 獅子吼 "という言葉を思い合わせた

まるで、直接お釈迦さまの説法を聴聞しているような
ありがたい気持ちになる
そういう率直な表明なのだそうです

獅子吼といっても、お釈迦さまがお説法なさるとき
大声だったいうことではありません
聴聞する仏弟子たちの心に、雷鳴のように響き渡った
そのときの、この世のものとは思えぬほどの感動の
心を記録し、伝えたものだということを銘記しておきたいのです

ですから、お寺さんにおつとめをお願いしている間
お釈迦さまのお説法を聴聞している
という厳粛な気持ちを失いたくないものです

拝読されているお経の言葉の意味が分からないからといって
おつとめのあいだ、仏間を抜け出す
なんてことは・・・論外です

❆ 「 金口 」と「 金言 」 ❆
お経のことを、「 金言( きんげん ) 」 「 金口( こんく )の説法 」
ともいいます

金のように輝いていて、永久に変わらぬ言葉
と尊んだからです
ただし、「 金言 」は経典だけでなく仏説を伝えた
" 七高僧( しちこうそう ) "がたの言葉を
そう讃えていることもあります

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